「補助金より、ありがとうをーコンテンツ大国・日本がやるべき本当の支援」
国が「ヒット」を作ろうとしないほうが、文化は育つ ―コンテンツ大国・日本が選ぶべき支援のかたち 日本のアニメや音楽、ゲームが世界で評価される時代になった。 海外インタビュー動画を見ると、「日本=アニメ」と答える人はもはや100%に近い。挨拶程度の日本語を話せる人までいるのを見ると、日本のコンテンツがどれほど深く世界に浸透しているかがよくわかる。 では、ここから先、日本はどうやってコンテンツ産業を伸ばしていくべきなのだろうか。 お金を入れすぎると、名作は生まれない? よく言われるのが、「作家やアーティストには最初から潤沢な資金を与えるべきか?」という議論だ。 しかし歴史を振り返ると、ゴッホ、J・K・ローリング、手塚治虫など、多くの偉人は決して恵まれた環境からスタートしていない。苦しみや葛藤の中で、自分と向き合い続けたからこそ、唯一無二の作品が生まれた側面も否定できない。 国家が「次のヒットを作ろう」として英才教育や巨額投資を始めると、逆に創作の自由を縛ってしまう危険もある。 野球選手を国が育てようとしても失敗するのと同じで、ヒット作品は コントロールできない のだ。 政府がやるべきは「環境整備」 では、国は何もしない方がいいのかというと、そうではない。 やるべきことはとてもシンプルだ。 生活が破綻しない最低限の保障 医療・年金・保険といった福利厚生 挑戦して失敗しても戻れる社会 いわば「文化版インフラ整備」だ。 野球で言えば、選手を育てるのではなく、 グラウンドとバットとボールを用意する 。 あとは好きな人が、好きなように夢を追えばいい。 ベーシックインカム的な発想で、アーティストが「生きる不安」だけから解放されるのも、一つの有効な方法かもしれない。 いちばん効くのは、実は「言葉」 そして、意外と見落とされがちだが、もっとも効果があるのは お金よりも言葉 だ。 もし総理大臣が、こう発信したらどうだろう。 「クリエイターの皆さん、ありがとうございます。 あなたたちの作品のおかげで、日本は世界から尊敬されています。 これからも、無理せず、でも自由に、創り続けてください。」 これだけで、どれほど多くの人が救われ、背中を押されるだろうか。 評価されない不安と孤独の中で創作している人にとって、...